毎日の思い出

忘れないよ

14日 私の恋

 

 

 

脳の容量いっぱーーーい!疲れた疲れた疲れた!

さっきいつものカフェで手を洗ってふと鏡をみたらとんでもない顔色に白い唇の私がいてビックリした。

脳の容量あけるために日記書きます。

 

 

 

 

 

6時起床。もはや人間すぎて引く。

最近の私は、もうまったく見た目へのこだわりを捨てている。

 

着ている服

月曜日 黒のパーカーにスエット

    (ユニクロ)

火曜日 紺のスエットにジャージ

    (ユニクロアディダス)

水曜日 グレーのスエットにスエット

    (ユニクロ)

 

もう服の事を1秒でも悩むのがめんどいんですね。そもそもそこまでファッションが好きではないのです。

 

 

 

 

 

 

ある友達がいいました。

「彼氏ほしくないの?人を選んでいてはダメだ」と。

いや、私だって岡村靖幸を聴けば、いや〜ん♡私も「ねえそこでずっと座ってるつもりなの?」って言われた〜い♡と思うし、フリッパーズギターを聴けば、いや〜ん♡3秒間だけオザケンと恋した〜い♡と思うし、ドレスコーズを聴けば、いや〜ん♡私もここじゃないどこかへ一緒に行きたいで〜す♡と思う。

これを恋と呼ばずなんだって言うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

まず、私は世間に問いたい。

「彼氏がほしい」という日本語は、矛盾しているのではないか。成立しているのか?いや、成立すべきではないのだ、と。

なぜかってその"彼氏"とは誰を指しているのかという問題。「〇〇君の彼女になりたい」こちらはいたって自然であり、とても美しい感情だ。相手が定まっているから願望として正しい。

 

 

 

 

 

でも、「彼氏がほしい」という発言は、対象が不特定多数である。だが私も女の端くれ、世の女たちが「誰でもいいから」という意味で言っていない事くらいわかる。

そこから推測するに「容姿もしくは性格もしくは両方を併せ持った人と出会い恋をし彼氏になってほしい」という意味であろう。

この時点でも相手は不特定多数、というより実在しない偶像を求めているのである。

なんとおかしな事か。

 

 

 

 

 

 

ピュアピュアガールな私は

「出会い、相手を知るうちに惹かれ、この人と一緒にいたいと思い、この気持ちは好きなのだと気づき、奇跡的に相手も私を好きになり、そして気持ちを告げもしくは告げられ、そこから何らかの契約的な意味合いを持った"お付き合い"に発展する言葉を交わし、そうして恋人になる。それが至極まともな流れであり、恋愛ではないのか?」と思う次第である。

 

 

 

 

 

なので、わかりやすく言えば

【彼氏がほしいと思う→好きな人をつくる】

はおかしいでしょうと言いたいのである。

【好きな人ができる→この人とずっと一緒にいたいと思い恋人という形を選択したい】

というのがピュアピュアガールわたくしにとって誠実だと思うのだ。

 

 

 

 

 

 

なので、君のいう「彼氏ほしくないの?」に関しては「誰か私の彼氏になって!タイプな人♡という考えは今のところない。」そして「人を選んでいてはダメだ」に関しては、人は常に何かを選択し、そして取捨選択をしているのだ。その連続が人生であり、選ばなくなってはそれは"人"と言えるのだろうか?あなたは誰でもいいから彼氏になって♡とのたまう私を見たいのかね?

 

 

 

 

 

 

という旨の発言を早口で話したら「めんどくせー。あんたから女の要素を感じない。めんどくせー死ぬほどモテない男。」と言われた。まさにそうなのだ。(まさにそうなのだ!ではない)

 

 

 

 

 

 

 

1000人男がいたら998人は「いみわかんねーヤツ。近寄らんとこ。」となる。だが2人は「おもしれー女!」となる。多分この2人は私と同じタイプの人間だ。そしてきっと私もその2人の事が好きだ。

その2人からの需要で生きながらえているようなものである。

 

 

 

 

 

そんな人との出会いを今日もただ、自分から何かするでもなく、私はロックを聴きながら待っている。早く探し出してください。

 

 

 

 

 

みんな風邪ひかないよーに。